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投稿者 : matama 投稿日時: 2012-09-29 10:33:30 (1373 ヒット)

投稿者 : matama 投稿日時: 2012-04-06 07:51:06 (1128 ヒット)

平成24年3月18日(日)〜20日(祝)、第15回「小平椿まつり」が大字福島の小平遺跡公園(法華寺)にて開催されました。
その時に小平椿まつり実行委員会の皆様が、「東日本大震災支援」の募金箱を設置し、来訪された方々に募金をよびかけました。

集まりました募金を「浪江町請戸地区「安波祭」をささえる請戸芸能保存会「田植え踊り」の支援に」と当法人に託され、先日、先方へお送りいたしました。

私達、NPO法人中津地方文化研究所は、今回の震災、津波、原発事故により壊滅状態になった伝統芸能「安波祭・田植えおどり」復興支援を続けてまいります。

小平椿まつり実行委員会の皆様、松永区長様ありがとうございました。

NPO法人 中津地方文化研究所 所員一同


投稿者 : matama 投稿日時: 2012-03-22 01:16:13 (1123 ヒット)

投稿者 : matama 投稿日時: 2012-02-26 08:46:42 (1357 ヒット)

「平成大神楽」での支援金を送付させていただいた「請戸芸能保存会」様より「安波祭」の画像と、請戸地区一時帰宅時の画像をいただきましたので、掲載させていただきました。

安波祭の様子はこちら
一時帰宅の様子(平成23年7月、11月)はこちら


※左メニューの「NPO法人概要・活動内容」→「NPO活動の記録」でもご覧になれます。


投稿者 : matama 投稿日時: 2012-02-11 23:35:58 (1451 ヒット)




平成23年9月、私達NPO法人中津地方文化研究所は、「土地の歴史と風土、先人達が育み残してくれた伝統民俗芸能は、地域文化の結晶である」との考えをもって、中津城本丸で開催いたしました「民衆のいのちのかたち」の会場で、市民の皆様方から、東日本大震災において壊滅状態である伝統民俗芸能への支援金を集めさせていただきました。

いただいた支援金は、出演された植野神楽社のみなさんの御好意による上げ神楽の代金のすべてと、私達の所員の支援金を合わせ、計20万円を、福島県浪江町の「安波祭」において田植踊と獅子舞を保存されている「請戸芸能保存会」に、中津市民からの支援金としてお送りさせていただきました。

浪江町は、福島県双葉郡にある町です。
福島県の太平洋沿岸地方を成す浜通り地方の中央部近くに位置する地域の一つです。
日本テレビ系列で放送されています、『ザ!鉄腕!DASH!!』のDASH村はこの町にありました。
町内東部の請戸地区は403戸の住宅があり半農半漁ののんびりとした所でした。漁港は、請戸川の河口に造られた太平洋に面した河口港を中心として、高級魚の水揚げが多く、東京築地市場では「請戸活魚」として高い評価を得ていました。

平成23年3月11日、マグニチュード9.0の東日本大震災が発生し、浪江町では震度6強を観測しました。
さらにこの地震が引き起こした大津波によって請戸地区のすべて403戸すべて押し流され壊滅的被害を受けました。
住民は着の身着のまま、命だけを持ち、高台に逃げ、避難所に逃げ込みます。
その時は救援物資も届かなく、空腹と寒さ、肉親の安否もわからず、すべてを失った絶望感におそわれてていたそうです。

3月14日、原子力事故による放射性物質漏洩が深刻化し、同日午前に原発からの距離が半径10km圏内の請戸地区等に緊急避難命令が下されます。
避難所に自衛隊が来て「逃げてください!!」の指示がだされ、自衛隊のバス、トラックで二次避難所(二本松市)に連れて行かれます。
この時、自衛隊の方々の緊張感を見て人々は本当に死を考えたそうです。

同日午後には浪江町東部全域が含まれる半径20km圏内の全域に避難指示が公示されます。
これを受け、二本松市役所東和支所内に仮役場(浪江町役場二本松事務所)が設置され、翌15日以降、約8千人が移動・避難しました。
町すべてが消滅したと感じたそうです。

現在も放射能汚染のために立ち入り禁止の状態が続き、詳しい被害の状況がわからないながら、数度にわたり行われた一時帰宅で、かつての町と現在の状況を瞼に写しこむ・・・・その事しかできない。
住民はすべて福島県内外に避難し、いつ帰郷できるかの目途もたたない状況に陥っています。


「安波祭」は、豊漁と海上の安全をいのる請戸地区にある苕野神社(くさのじんじゃ)のお祭りです。
旧暦1月24日に行われていましたが、近年では2月の第3日曜日に行われるようになりました。
苕野神社は、たいへん歴史の古い神社で、昔は海上の小島にあったと伝えられていますが、現在では請戸地区の海岸に近い松林の中にありました。
古くから豊漁・海上安全・豊作の神様として、地区の人々の信仰を集めています。
今回の大津波で、神社は完全崩壊、宮司ご夫妻と娘さん2名が犠牲になられました。

祭は、神社から金銀の御幣をもった奉賛の行列に続き、神輿が集落をめぐり歩きます。
また、小学生が花笠をかぶった踊り子の姿で、「歌い婆(ば)さま」の歌にのって、大船主(おおふなぬし)の家々を回り歩き、田植踊り(たうえおどり)を踊ります。
やがて、これらの行列は砂浜に作られた「おこや」とよばれる祭壇(仮宮)に着きます。
紅白の幕の中にみこしをおき、神事が取り行われ、神楽、田植踊が捧げられます。 
また一方では、若者が「安波(あんば)、安波」のいさましい掛け声で「樽神輿」を担ぎ集落を練り歩きます。そして浜に着き、冬の冷たい海へ入ります。
大うちわを先頭に、波しぶきの中で大あばれしたあと、海水でずぶぬれとなって砂浜に上がってきます。
最後に、潮水をくんで、その水のにごり具合でその年の豊漁と豊作をうらない、祭は終わりとなります。(現在、放射能汚染のため、海には入れません)

「田植踊り」は、請戸地区の小学4〜6年女子児童が民謡「流れ山」の唄に合わせて踊ります。
福島県内外に住民は避難していますが、平成23年8月に福島市において、人と人のつながり、人と地域のつながりを求められ演じられました。その時、少女達は福島県内外からまた友に会えると歓び、保護者に連れられ参集いたしましたが、避難された住民の涙を流しながらの喝采に対して、少女達の中には、祖父、祖母、父親、兄弟が犠牲なった少女も多く、涙をこらえて懸命に踊る姿が舞台のソデで観ていた父母たちは不憫でならなかったそうです。

現在まで震災以後、数度にわたり仮設住宅地を中心に公演活動をしてきておりますが、今は避難している人達に少しの元気と癒し、犠牲になって方々の供養をしっかりと自覚し、やる気満々の様であり大人がそれについていく状態とか「伝統民俗芸能の力強さをあらためて感じた。」と保存会会長さんの言葉です。


根の生きた木がいつかまた力強く一朶を伸びかにしていくように、一日でも早い帰郷と、やさしい心根をもった町の復興、少女達の健やかな成長を祈らずにはおられません。



※掲載の画像は、以下より引用させていただきました。
Yahoo! JAPAN 東日本大震災 写真保存プロジェクト


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