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ひっかけ

引掛


下祇園の御神幸表には、辻名が記されていますが、いくつかの辻名の横には「引掛」の文字が小さく入ります。
これは、画像のように、曲がり角で完全に舵を切ってしまわずに、半分ナナメの状態で止まり、踊りを奉納することです。

この「引掛」に関する昔はなしを、古門先生の記事からご紹介します。

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明和3年(1766)6月、町奉行の案で新しいことを申しつけました。
それは、
「辻にて踊るとき、あちこちと車の向きを変えるのはおかしい。
辻踊りは通ろうと思う筋へ引き回して踊ることを原則と決めよう。
ただし、殿町東の辻、京町八百屋の辻、古魚町上の辻、角木新町東の辻、この4カ所は、引き懸りのまま踊ること。少しでも、脇に向けたり、筋違いに踊ったりしてはならぬ。」
という指図でした。

「それまでは、車付の組頭の考え次第で、あちこちと脇に向けて踊ったものだが、今後は絶対に勝手にしてはならぬ。
辻踊りというものは、誰かに見せるというものではない。その辻に家がなくても、辻では踊るものである。
辻に桟敷があっても、桟敷のための踊りではないのだから、組頭の考えで脇に向けたりしてはならぬ。」
という理屈です。

しかし、その年、この通りに実行してみると、どうも都合がよくありません。
再度、お触れを出し、訂正しました。

「京町八百屋の辻、角木新町東の辻、この二つは以前のとおりとする。
引き懸りでは、特に見にくいので、前のとおりとする。
ただし、殿町東の辻、古魚町上の辻は、引き懸りを続けよ。」
と言うのでしたけれども、それから2年後の明和5年に、これも前のとおりとなりました。

「古魚町の上の辻、小倉屋勘八の角(殿町東の辻?)は、以前のとおり、それぞれ、古魚町筋、本町通りに向けて、踊るよう仰せつく。」
とあります。

結局、明和3年の最初のお触れは、取り消されたも同然となりました。
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ちなみに、戦前の下祇園の御神幸表には、「引掛り」と記載されており、送り仮名の「り」があります。
「ひっかかり」と読んでいたのでしょうか。

今の御神幸表では「引掛」となっており、「ひっかけ」と読むのが慣習となっています。
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